コーヒー名人
ヨーロッパ

コーヒーは今や世界中で飲まれている嗜好品ですが、昔はそうでもありませんでした。

確かに、初めてコーヒーを見ると黒っぽくて何だか飲むのが怖いと思うかもしれませんね。

ここでは、ヨーロッパにコーヒーが持ち込まれたときに「地獄の黒い飲み物」と言われていた事や、その後ヨーロッパ全土にコーヒーが広がった時代の紹介をしていきます。

地獄の飲み物

スポンサーリンク

コーヒーは地獄の黒い飲み物!?

コーヒーは、1615年にイスラム教徒によってトルコからベネチアに伝えられたのですが、当初はイスラム教徒が飲む「地獄の黒い飲み物」として、キリスト教徒が飲む事は禁じられていました。

しかし、ときのローマ教皇庁(クレメンス教皇)は「地獄(悪魔)では良いものを飲んでいるんだな、コーヒーに洗礼を受けさせて飲める様にしてしまおう」と言い、コーヒーに洗礼を施し、飲める様にしたのです(発言自体には、諸説あります)。

解禁後、コーヒーはヨーロッパ全土へ

クレメンス教皇によってコーヒーが解禁されると、瞬く間にコーヒーはヨーロッパ全土に広まる様になりました。

元々この時代は、水道や電気などのインフラがまだ発達していなかったので、冷蔵庫などもありませんでした。質の良い水を手に入れるのが容易ではなかった事もあり、喉を潤すために日常的にビールやワインを飲んでいました。

しかし、アルコールを含むビールやワインを昼間から飲んでいると、当然仕事の効率が下がってしまいます。この様な状況だったので、アルコールを含まないコーヒーはすぐに受け入れられる様になったのです。

コーヒー

ちなみに、フランスでコーヒーが広まったのは太陽王として有名な「ルイ14世」のおかげと言われています。

1669年に在仏トルコ大使の「ソリモン・アガ」がルイ14世にトルコ式コーヒーを飲ませたところ、ルイ14世が非常に気に入り、フランスへコーヒーが広まる事になったのです。

そして、ルイ14世の次のルイ15世の時代には、コーヒーはフランスでは上流社会の象徴となるにまで至りました。

スポンサーリンク